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宝蔵寺の昔話 房姫様物語08
宝蔵寺では檀家も多く法要から葬儀など和尚様一人では大変に忙しい。時々和尚様の都合もみて檀家へも赴く様になった。いつとなく檀家の皆さんより「よねさんに庵を作ってやったらどうか」の声があがり相談がまとまりて本堂の東隅あたりに庵を作るべく檀家より柱一本、萱一束と集め皆総出にて庵作り。よねは「私にそんなお金などありません」と云って断ると「そんな心配いらない。檀家で作ってあげるから。」との返事に只感動するばかり。正面には奈良徳行寺を出る時貰って来た観世音菩薩と丸い石を本尊にして宝蔵寺よりほかの佛具など貰って一応庵の形が整った。そしてその名も『慈草庵』と名付け尼寺として毎日の礼拝から宝蔵寺の和尚様のお手……more >>

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宝蔵寺の昔話 房姫様物語 07
奈良県東部地内では有るが六十六か所の寺廻りで有る。生まれて始めての経験で旅での情けに涙したときも有った。  各寺々へ納荷をして十日程予定を遅れて徳行寺に帰依をする。和尚様は「大変だったで有ろう」とその労をねぎらって呉れた。また、旅立の前と同じようにお寺でのお手伝いをする。  時にして“よね”は二十一歳の娘盛りと成りお化粧なくとも美しい。また一、二年が立ちて旅に出たいと思うようになりて和尚様に相談して見たら「若い時でなけねば行けぬので、その気が有れば行って来なさい」と励まされ今度は岐阜美濃方面を和尚様より指定されて東農方面を巡拝する事と成る。前回の経験も有りて何も心配はない。奈良東……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語06
よねは、弟を背負って寺の境内の掃除をした。落葉の清掃は子供にとって大変な仕事だが饅頭を喰った罰として自分から言い出したので、えらくともやらねばならぬと心に決め、実行する”信”の強い少女で有った。 その後は境内ばかりぢゃなく和尚様の毎日のお勤めの準備なども手伝う様になり、お経も何時とはなしに覚えてしまった。時々字なども教えて貰って若干は覚えた。それから数年立ち檀家の法要より葬儀などにも和尚様と一緒に行くようにもなった。 或る時徳行寺の壇徒総代の人が寺に来て『大磐若経六百巻』奈良六十六ヵ所に納むる人が誰かいないか探して居る話を和尚様として居るのを耳にした。 大磐若経六百巻……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語05
「お~よね」‥…「昨日、私の留守に佛様の饅頭を黙って喰ったのは、よねか」「はい」「饅頭を喰いたいのは解るが、佛様の物を黙って喰ってはいかん。喰いたければ私に饅頭を下さいと何故云わなんだ。まして黙ってとった上、指でアンだけ喰って外の側だけ佛様にお供えするとはけしからん」 よねは堪えて居た涙と声が一気に噴き出し堰を切ったように泣き出した。背中の弟も泣き出した。「和尚様ご免なさい」と一心に断り、「これからは絶対人の物に手を出しませんから許して下さい。」と懸命に断りやっと許しを得た。 和尚様は「解ればいい解ればいい」と云って佛様にお供えして有った”ういろ”を一個呉れた。 和……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語04
饅頭でポンポコポンの腹に夕食など喰える筈もない。偽病も大変で有る。母は心配してお粥を作って来て「喰え」と言って置いて行ったがお粥などは喰う気にはならず布団をかぶって居ると「腹が痛くてお粥も喰えんでは」と言って今度はセンブリの煮詰めたものを呑めと云って寝床へ持ってきた。これは苦くて苦くて呑めるものではない。(センブリとはトウ薬のせんじた漢方薬で有る)昼は甘い饅頭を腹一杯、今夕は苦い苦い「トウヤク」のせんじ薬を、腹痛を演じた偽病も大変な大芝居で有る。 知らぬうちに寝て目が醒めたら朝になって居た。今日はまた和尚様がどんな顔をして怒るのか…心配でならない。今朝も弟を背負って寺へ行った。……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語03
遂に佛様の饅頭によねの手が伸びた。この方法ならば和尚も知らないだろう。上重ねの一個を貰い、寺の階段に尻を据え、人差し指にて中味の"アン"を上手に穿って外側の白い皮を型がくずれぬ様に大きな饅頭を喰って背中の弟にも二、三回指で食べさせた。そして何食わぬ顔で外側の白い部分を佛様お供えしておいて元の位置に戻して日も暮れかけたので家へ帰った。 生まれて初めてこんな旨い物を腹一杯喰ったはいいが、佛様の罰が当たらねばいいがと心配に成って来た。明日は和尚様から大目玉が飛んで来るかも知れぬ。もう喰ってからではおそい。子供の腹に大きな饅頭のアンを腹一杯つめこんだので腹が張ってえらくて早々に布団に潜……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語02
今日もよねは弟を背負って寺の境内で遊んで居ました。ふと沸様の祭壇を見ると大きな饅頭が一重ね、お供えして有る。これを見たらよねは喰いたくて 喰いたくて 喉から生唾を呑んで、何とか上手に貰って食べられないかを勘考する。 今までこんな饅頭など喰ったことが無い。「こんな饅頭を腹一杯喰ったら旨かろうなぁ」 それ以外は何も思わない。今日は近くで葬式があるらしい。和尚様が寺を出るのは昼前の頃だろう。その時を見計らって 沸様の饅頭を貰うことにした。 でも和尚様に許可も無く貰ってもいいだろうか。和尚様は間もなく葬式に出ていった。黙って 沸様の物を貰えば盗人となる。でもこんな饅頭を喰っ……more >>

宝蔵寺の昔話 房姫様物語01
私は寛延元年(1748年)奈良県柏村の一山村の貧しい家の男三人、女四人の」京大を持つ次女に生まれ、その名を”よね”と申します。父母も子供を育てる為に朝早くより、夜おそく迄働いて居り”貧乏人の子沢山”故にその生活も大変でした。 大きい子供は家のお手伝いや子守など一生懸命にお手伝いをしました。私も十二歳に成り弟たちの子守が専門の仕事でした。今日も弟を背負って近くに有る禅宗寺の”徳行寺”にて子守をするのが日課で毎日が暮れておりました。 この徳行寺には五十歳位の和尚様が一人、寺の住職として寺を守り、時には人々の暮しの相談相手になったり手紙などの代筆を頼まれたり、それなりに忙しい和……more >>

房姫様物語⑪
https://youtu.be/WDJODVqD4fc 檀家の人々はみな「よね」の働きぶりに関心し、「庵を建てたらどうだろう」と相談するようになりました。「よね」がそれを聞いて驚き、「私にはそんなお金はありません」と言って断ると、「そんな心配はいらない。檀家のみんなで建てるから」 檀家の人々は柱一本、ワラ一束と持ち寄って宝蔵寺の東隅に庵を建てました。正面には「よね」が奈良の徳行寺を出るときにもらってきた観音様を本尊とし、他の仏具は宝蔵寺よりもらってきた物で形を整えました。庵は「慈草庵」と名付けられ、近くに1本の山桜が植えられました。 「よね」は宝蔵寺脇の尼僧として働く……more >>

房姫様物語⑩
宝蔵寺は奈良の徳行寺と同じく禅宗の寺でしたので、ヨネには要領がよくわかっていました。朝のお経もとても上手にあげて、和尚さまを驚かせました。「あなたの都合もあるだろうが、しばらくこの宝蔵寺にいて手伝いをしていただけないだろうか」和尚さまはヨネにそうもちかけました。 「まだ二十巻ほど納礼をしなければなりませんが、その後ならよろしゅうございます。」和尚さまはこれを聞いてたいそう喜びました。 ヨネは宝蔵寺を出て東農方面をめぐり、大任を果たして宝蔵寺まで無事に帰ってきました。その翌朝から手伝いをするようになりました。宝蔵寺は檀家も多く、法要や葬儀など、和尚さまは大変忙しいのでした。……more >>

房姫様物語⑨
「よね」は大日寺まで来た時に大きな石の上で一休みした。季節は春で、ポカポカした陽気の中にウグイスの声も聞こえ、そのうちついウトウトと眠ってしまった。 しばらくしてそこを通りかかったのが、宝蔵寺の和尚さまだった。「や、こんな所で尼さんが居眠りしているぞ。風邪をひいたらいかん」和尚さまは「よね」を起こした。 「私は大はんにゃ経六百巻を六十六ヵ所のお寺に納めてゆく六部でございます」「よね」がそう説明すると、「今日は日暮れも近い。私の寺はすぐ近くなので。一晩泊まっていきなさい」和尚様はそういって「よね」を寺に案内した。 「よね」は宝蔵寺で夕食をご馳走になった。その翌朝、「と……more >>

房姫様物語⑧
「よね」は長い旅のお勤めを立派に果たしました。六十六ヵ所のお寺めぐり、十日ほど予定を遅れて、無事に徳行寺に戻ってきました。和尚さまも村人たちもみな大変に喜び、「よね」の労をねぎらいました。 「よね」は以前のように和尚さまのお手伝いをするようになりました。二十一歳の娘盛りで、お化粧などしなくとも、十分に美しい娘でした。「よね」はしばらくしてまた旅に出ておつとめをしたいと願うようになりました。 和尚さまにそのことを打ち明けて相談しました。「若いときでないとできないことだ」と和尚さまは賛成し、今度は岐阜の美濃から東濃をめぐるおつとめになりました。「よね」は再び出発し、美濃の細め……more >>

房姫様物語⑦
あるとき和尚さまの所に「六部となって旅に出られる人はだれかいないか」という話がきました。六部とは、六はんにゃ経六百巻を六十六ヵ所のお寺に納めてゆく人のことです。六十日ほどかけてお寺をめぐってゆくそれはもう大変な仕事です。 和尚さまは悩みましたが、この仕事を、「よね」にやらせてみようと思いおました。話を聞いた「よね」はとても不安でしたが、引き受けることにしました。 和尚さまは喜び、観音さまの像と、美しく輝く石の玉をくれました。またお寺の檀家は、身を守るための短刀をくれました。「よね」はそれらを大事に身につけて、長い旅に出発しました。 引用:福地いろどりむら通信 2……more >>

房姫様物語⑥
「よね」は翌朝から人が変わったように熱心に働く子になりました。弟を背負ったままで境内の掃除をするのは、決して楽な仕事ではありません。それでも「よね」は落葉清掃などとても熱心にやるようになり、和尚さまを関心させる子になりました。 その後は和尚さまの毎日のお勤めの準備も手伝うようになりました。お経も毎日聞いているうちに、いつの間にか覚えてしまいました。 その後、数年がたちました。弟を背負わなくてもよいようになると、檀家の法要や葬儀にも和尚さまについていってお手伝いをするようになりました。 引用:福地いろどりむら通信 20号掲載 構成・挿絵:北野玲/参考文献「宝蔵寺の……more >>

房姫様物語⑤
「まんじゅうを食いたいのはよくわかるが」和尚さまはやさしい声で言いました。「仏さまのものを、黙って食ってはいかん。食いたければ、私にまんじゅうをくださいとなぜ言わなんだ。まして黙ってとったうえ、指でアンだけ食って、外の皮だけ仏さまにお供えするとはけしからん」 「よね」はがまんしてきた涙と声が一気にふきだし、大声で泣きました。「和尚さま、ごめんなさい。もう人のものには手をだしません」心からあやまりました。 「わかればいい」和尚さまはそう言って、仏さまにお供えしてあったウイロウをくれました。和尚さまの前で堂々と食べるウイロウは本当においしいウイロウでした。「よね」はうれしくて……more >>

房姫様物語④
翌朝になりました。「よね」はいつものように弟を背負ってお寺に行きました。今朝は和尚さまはどんなお顔だろう。心配でなりませんでした。和尚さまは朝のお勤めの用意で忙しそうに掃除しておられました。昨日のまんじゅうはもうありませんでした。 お経が始まるとき、和尚さまが言いました。「よね、ここへ来て、私と一緒にお参りしなさい」「よね」は和尚さまの後に正座し、弟を背負ったまま小さな手を合わせました。いつ和尚さまのカミナリがおちるかと心配で心配で、朝のお勤めも上の空でした。 お経が終わると、和尚さまは静かに話しかけました。「よね、昨日のことだが、私の留守に仏さまのまんじゅうを黙って食べ……more >>

房姫様物語③
あまいアンをお腹いっぱい食べたものの、家に帰った「よね」はだんだん不安になってきました。こんなことをして、ほとけさまのバツが当たったらどうしよう。「よね」は心配で心配で、おふとんにもぐりこんでしまいました。 ばんごはんにも「よね」が起きてこないので、お母さんは心配になりました。「よね、どうしたの?」とお母さん。「お腹がいたい」と「よね」はウソをつきました。本当はお腹がいっぱいで、ばんごはんが入らないのでした。 お母さんは心配してオカユをつくり、「よね」のまくらもとに置きました。ところが「よね」がそれも食べないので、今度は煮つめたセンブリを持ってきました。「これを飲みなさい……more >>

房姫様物語②
その日、徳行寺の和尚さまは外で用事があるらしく、昼前にお寺を出ていきました。「よね」はふと思いついた方法をどうしてもやってみたくなり、とうとうほとけさまのまんじゅうに手をのばしてしまいました。 お寺の階段に座り、饅頭に人差し指をつっこんで、中身のアンだけを上手にすくって食べてしまいました。背中の弟にもすくったアンを指で食べさせました。 すっかりアンを食べてしまうと、外側の白いところをそのまま残して、もとどおりの場所に戻しました。日も暮れかけたので、家に帰りました。 引用:福地いろどりむら通信 16号掲載 構成・挿絵:北野玲/参考文献「宝蔵寺の昔話・房姫様物語」(……more >>

房姫様物語①
「よね」という名前の娘がいました。寛延元年(1748年)、奈良県柏村の貧しい家に生まれました。男3人、女4人の兄弟を持つ次女でした。 「貧乏人の子だくさん」と言われているとおり、生活は大変で、年上の子供たちは、家の手伝いや子守など、一生懸命に働きました。「よね」も12歳となり、弟たちの子守が毎日の仕事でした。 ある日、「よね」は幼い弟を背負い、近くにある徳行寺の境内で、子守をしていました。ふとほとけさまの祭壇を見ると、それはそれは大きな饅頭が、日と重ねしてお供えしてあります。 「よね」はそのまんじゅうが食べたくて食べたくて、つばを飲みながらあれこれ試案しました。な……more >>